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Welfare Support|言いたい・伝えたい

No. 001

「リハビリテーションの連携に関わる課題を探る」

日本リハビリテーション連携科学学会・第1回大会シンポジウム I 〜障害者の立場から〜

障害者の社会参加とリハビリテーションの連携の必要性について

岐阜県・福祉メディアステーション
上村数洋

1.はじめに

 昨今の障害者をとりまく環境は、国連障害者の10年を境に社会の理解も深まり、受け入れる社会に向け大きく変わろうとしています。そうした中で、中途障害者に目を向けた時、医療の進歩や高度化で救命率が上がり、障害の重度化が目立つようになりました。反面、医療技術や社会制度、情報やシステムの違いにより、生活の上において大きな差が生じているのです。
 今回、日本リハビリテーション連携科学学会の記念すべき第一回大会において、「リハビリテーションの連携に関わる課題を探る」というテーマでシンポジウムに参加の機会を頂いた中で、誰より多く色々な形でリハビリテーションとの関わりを持ってきた障害者の立場から、問題点や課題について提言し、今一番必要とされているリハビリテーションの連携について、参加者の皆さんと共に考え、勉強させていただきたいと思います。

2.私の考える現況と課題について

 19年前に、事故で頸髄を損傷し四肢の機能を失った私は、受傷後しばらくの間は、ただ絶望感にうちのめされ自暴自棄の毎日を送っていました。
 そんな私が、まがりなりにも社会の中で、常に目的意識を持って生活できるようになれ、最近は、同じような障害を持ち悩んでいる人達のピアカウンセラーとして、また重度障害者の在宅就労支援事業(岐阜県)のチーフとして関わりを持てるようになれたことを考えると、そこには大きく分けて三つの要因があるように思います。まず一つ目は、食事のことから排泄まで、身の回りの全ての介護をはじめ、私をみえないところで支えてくれる「家族の愛」、二つ目は、失った手足の機能を補ってくれる福祉機器や、それらを研究開発する「支援技術」や人との出会い。そして三番目が、少しずつ生活環境が充実し、自分にも出きることが増える中で、社会に目が向き参加をしていく過程での「人との出会い」、その三つの支えにより今の生活があると云っても過言ではありません。

 私は今、同じ「頸髄損傷」という仲間と活動をすると同時に、「福祉メディアステーション」と[ALD岐阜](岐阜県・障害者地域生活支援センター)の関わりの中でピアカウンセリングとしての取り組みをしています。
 最近では、よせられる相談の件数も増え、年間200件を超すようになりました。内容も病院の紹介や制度の問い合わせ、住宅改造や福祉機器・自助具の製作といったものから、恋愛や結婚と云ったメンタルな部分のものも加わり、生活全般にわたるようになってきました。
 そうした中で、障害を持つ人達が抱えている課題を整理してみると、@ 社会参加を目指す上においての、あらゆる「情報」と「伝達システム」の不足、A 家庭復帰、社会参加、自立を目指す上での外出の足をはじめとする「交通アクセス」の問題、B 重度の障害者を受け入れる療護施設等の不足も含め、比較的高齢な母親等の家族に看てもらっている人達の将来への不安、とりわけ「介助」「介護」の問題、そして C ある程度社会参加をはじめた人達の切実な悩みとも言える「働きたい」願望と、「就労」をとりまく多くの問題、の四つに分けられるように思います。そこで、これらのこともふまえた上で、考えられる課題について、「受傷より家庭復帰を目指す過程」と「社会参加・自立を目指す過程」に分けて考えてみたいと思います。

2-1 受傷より家庭復帰を目指す中で

2-1-1 医療技術の進歩と課題について
 近年の医療技術の進歩にはめざましいものがあります。しかし反面、医療の高度化に伴い、救命率が上がることによる、@ 障害者の増加と、障害の重度化という問題が起こっていることも見逃せません。例えば、私と同じ障害の頸椎損傷について云えば、10年から20年前には考えられなかったC−1,C−2,C−3という高部位の損傷者が助かり、人工呼吸器をつけて障害と共に生活を始めるケースが増えています。
 本人や家族が障害を受容し生きていることに喜びを見いだしている場合はいいのですが、そこに至っていない場合や、A 医療技術・知識に対する情報等の不足している病院に収容された場合には、本人はもとより家族にとっても大変な試練の日々が続くことが予想されます。
 かって私も、救急車で搬送された日、田舎の病院だったこともあり、予備知識、経験不足とは考えたくないのですが、運ばれたままの状態で処置室に丸一日放置、静観、それでも生きていたので慌てて医学書を開き、本を片手に処置がはじめられた、と後になって聞かされ愕然としましたが、このようなことはざらにあるようで、最近では東京のような大都市でさえ、頸髄損傷と聞くと受け入れ先がなく、救急車でタライ回し状態にされた人があるとも聞いています。
 また、ベット数が500床をこすような大病院でも、専門の診療科があるか、ないかによって、高部位頸髄損傷者が脳神経外科などの専門外に入院させられ、褥創の対策もなく、紙オシメをつけて寝かされたまま、連日の点滴をはじめとする薬漬けに近い状況におかれているようなケースや、留置カテーテル装着者の膀胱洗浄に、一本の注射器が何人にも使い回しされているようなことが平気でなされていると云うことも聞いています。
 そして最も残念なのは、こうした医療の格差が、都会や地方と言った、B「地域間格差」の枠に関係なく「医療機関格差」として当たり前のように私達の周りに存在していることです。 次に気になることは、B 医療分野における他部門との連携の不足についてです。先にも少しふれましたが、呼吸器の装着を余儀なくされた高位頸損者の場合、ドクターが医療面の知識と情報にのみ固執し、仮にリハスタッフ(OT、PT等)やリハビリテーション工学(エンジニア)との連携等もなく、全く情報(他の頸損者の状況や生活のこと、本人が使える生活支援機器や制度のこと等)が入ってこないとしたら、この人は間違いなく「何もできない」と決めつけられ、家族とのコミュニケーションにも困る状況の中、在宅で暮らす同じ障害の人達のことを知ることなく、退院の予測すら立たないまま病院のベットでの生活をおくることになると思います。
 「情報と知識」を「知ると知らない」、「受けられると受けられない」ことの違いで、その人の生活が大きく左右されるとしたら、とても耐え難く、大変恐ろしい気がします。
 このことと同じようなことに、最近のC 医療制度の変更と医療分野における系列・派閥(学閥)の問題があります。最近は相談活動の中で、転院のお世話をすることもよくありますが、期間を制限されるために、落ち着いて十分な治療や訓練が受けられなかったり、自分が受けたくて希望する病院への転院が、医師側の都合(医師が学んだ大学の系列や派閥)で果たせなくて、と云う話も耳にします。


2-1-2 「情報」の必要性と、提供者について
 アメリカでは、LAAP(Learning Anytime Anywhere Partnerships )の取り組みにみられるように、これからの時代の中での「障害者」は身体的なハンディを持つものではなく、情報を得ることの出来ない人(手段や環境等のあらゆる条件下において)のことであり、そう云った人達をなくすためにばく大な国家予算を振り当てるようですが、障害者の社会参加を考えた時、社会の仕組みやシステムの変革など根本的な改善が必要とされますが、私たち障害者の抱えている課題(生活が180゚も転換することによる戸惑い、考え方も含めた対処のためのあらゆること)を解決するためには、何よりも先に必要なものが「情報」であり、それを得るためには、まず障害者自らが出かけ社会の動きを知り、仲間との交流などを通して、情報を手に入れることが大切です。独自の情報収集のアンテナを張り巡らせ、自らの意志で情報を選択し、入手できるようになることが大切であり、それに勝る手段はないでしょう。
 しかし、ほとんどの場合(人において)受傷直後の本人はもちろんのこと、家族においても精神的に混迷時期にあり、そうした取り組みのできる余裕すらないのが普通です。
 障害者の情報収集の仕方は、受傷当初と年月が経過した時とでは明らかに違いがありますが、 大きく分けて @テレビ・新聞・雑誌等の「マスメディア」によるものと、Aドクターやナース、リハビリの関係者といった医療現場のスタッフによるもの、B同じ障害を持つ仲間、知人、先輩などからの情報の三つが考えられます。
 @においては、好むと好まざるとに関わらず、あらゆる情報が比較的簡単に得られるという利点がありますが、反面、制作者側の意図するところが中心になり、本当に必要な情報が必要な時に得られないばかりか、映像中心の場合には、「結果」のみにスポットが当たり、誇示され「経過」が見落とされがちで、本当の苦労や努力が伝わらない場合や、特定の個人のみがクローズアップされ、他にも同じような人のいることが抜け、障害者全体の真の取り組みや姿が伝わらないこともあります。無視できない情報入手の手段ですが、受け手側の慎重な判断力が必要となります。Bの情報の中には、「体験」を踏まえた何にも代え難いものが多く、大いに参考にし、取り入れるように心がけたいものです。しかし、最近この情報提供者の中に、安易に端から接触を持ち、机上論だけで障害者を体系づけて情報を提供する人が増えているのが気になります。 勿論、そうした関わりがうまくいけばいいのですが、ともすると障害に対する知識や認識の不足から、障害者に過度の期待感を与え、それが実現できなかったり、障害が回復できない時に大きな失望や落胆を与えてしまうため、提供側の十分な配慮が望まれます。
 その様なことも含め、混迷期の障害者にとって何より信頼の置ける情報源はAではないでしょうか。ここからの情報は、その後の生活を左右しかねない大きな意味を持っています。従って、この分野に関わる人達には、出来れば自分の本業のみに終始することなく、広く浅く情報の宝庫となる努力をし、必要に応じて早期に的確な情報の提供者(提供者とつなぐ橋渡しの役目も含め)となってもらえることを願わずにはおられません。
 こう考える時、これらの分野に関わる専門職の人材の育成と確保はもちろんのこと、当事者である障害者も含めたあらゆるセクションのスタッフ間の協力と連携の必要性を強く感ぜずにはおられません。
 いつ、いかなる時でも、情報を発信する側、伝達する者、そして受け取る人が、常に「心」を折り込み、「心」を加え、「こころ」をもって望まないと、どんなに素晴らしい情報もただの伝達でしかありません。立場を越えた連携の元に、障害をのりこえるべく「心」のこもった正しい情報を活用した時、本当の意味での障害者の社会参加が実現するのではないでしょうか。


2-1-3 窓口担当者の情報・知識不足について
 障害者が家庭復帰を目指す時、誰もが利用しとても心強く頼りに出来るものに「福祉制度」があります。しかし、これらの制度は現在「自己申請制」をとっており、制度を知っている者と知らない者、制度の情報を得ているのといないのでは、復帰後の生活環境にとても大きな違いを作りかねません。
 そうしたことを防ぐ意味からも、福祉の窓口と医療機関とは常に連携がとれている必要がありますが、現実には窓口担当者の知識、勉強不足が目立つばかりか、地域に行けばいくほど、今でも役所の中には福祉の職場へ配属されると「左遷」ととらまえるような偏った考え方をする所もあり、驚くと共に早急な改善がなされることを願わずにはおられません。


2-1-4 医療と社会制度(障害認定)について
 <2ー1-1 医療技術の進歩と課題について>で述べたように、近年の医療技術の進歩にはめざましいものがあります。しかし反面、医療の高度化に伴い、救命率が上がることによる障害者の増加と、障害の重度化という問題が起こっていることも見逃せません。そして、これらの人達が障害の認定を受けると、ほぼ間違いなく障害者手帳は一級となります。
 現在実施されている障害の認定制度は昭和25年頃に制定され、以来抜本的な改正はほとんどなされてこなかったと記憶しています。その為、現在の障害者一級の中には、例えば「脊損」のような下肢障害で、自ら運転が出来一般就労の場に参画できるような者から、ALSや筋ジスといった重度の進行性障害を抱える人や、病院のベット上で呼吸器の力を借りて生活をしている人までが含まれています。その障害の幅の広さもさることながら、これだけ障害者の社会参加が叫ばれている中にあって、現在の「十羽一絡げ」的な詰め込み措置状況は、障害者自身が誇りとやる気をもって社会に復帰を目指した時に、真に障害者の持つ能力を評価し、目に見えない心の奥底に秘められた力まで活用することが出きるのでしょうか。
 障害者手帳の見直し、更新制の導入を含め、現在幾つかに分かれている障害年金制度ともからめ、今見直しを考える時がきているのではないでしょうか。


2-2 社会参加・自立の取り組みの中で
 障害者の社会参加・自立を考える時、そこには解決しなくてはいけない課題が沢山あります。
 それらを整理すると、@「当事者としての役割」と、A「社会としての役割」(制度、システム、人)に分かれるように思います。そこで、まだまだ十分とは云えませんが、ほんの少しずつ職業的自立も含め社会に参加していく中で、私なりに感じ、意識していることについて取り上げてみたいと思います。


2-2-1 就労支援の取り組みの中で
 現在私は、岐阜県が障害者の社会参加を支援するために始めた「福祉メディアステーション」で、入力機器等の情報提供から生活全般に関する相談の窓口(ピアカウンセリング)として、そして「バーチャルメディア工房」では、働きたいという意欲と力を持った人達の在宅就労の支援をする仕事(関わり)をさせてもらっています。とりわけ就労の支援事業においては、つい最近になるまで「働きたい」という強い思いをもっていた私が、一足飛びに支援側に立たされることになり当初は大変戸惑いました。
 反面、かっての「就労」に対する自分の思いが、そこに集ってくる多くの仲間の気持ちとだぶり、生きがいを感じると共に、今ではこれが自分に与えられた最後の仕事では・・・・と思い没頭しています。
 そうした中で最近気になることは、@ 医療保健制度が変わったことにより、これまでは病院のリハビリ訓練の対象となっていた人達が、早期に診療が打ち切られ、病院から外れ、行き場がなくなっている人達(特に脳外傷の人達)の多いことです。福祉メディアステーションでも、最近は、こうした人達がパソコンとは無縁で来られるようになり、場を占拠され本当に使いたい人が使えないと云う弊害も起きつつあります。
 また、こうした人達が職業的復帰を目指す時、パソコンを前提として考えても、身体的には操作上全く問題はないのですが「文字が読めない」とか、「自分の障害に対する認識がない」と云ったとても大変で深刻な課題も含まれており、「障害者の集う場のなさ」と合わせて医療と地域社会の結びつきを改めて考える必要があるのではないでしょうか。
 それと同じような問題で、就労の取り組みに参加をしている人の中にも、生まれた時からパソコンには触れていて使う上では何ら問題はないのですが、仕事の内容によっては「社会経験」や「社会性」が問われたり、美的感覚や感性を求められるものが多くあり、先に踏み込んだ仕事が出来ない人がいます。また、納期や責任感といったことを考えた時、そこに服務や就業規則といったことへの意識の高さも求めなくてはなりません。
 このように障害者の職業自立を考える時、そこには障害者自身の意識の高さや、おかれている環境から生活の過程、学校教育、とりわけ養護学校における「措置的扱い」ではない取り組みの必要性まで、A 教育から職業訓練にいたるまでのあらゆる分野の幅広い取り組みと積み重ね、連携が必要だと思われます。
 
2-2-2 受け入れる社会の実現に向けて
 91年に、日米障害者会議に参加の機会を頂いてアメリカ(セントルイス)へいった時、これまでは何故かバリアフリーに関するハード的な情報が優先していた中で、ADA法もさることながら、私は、数十人の健常者を部下に持ちその先頭に立って仕事をされ、しかも3人もの養子を迎え、その子達に各々の母国語が喋れるベビーシッターを付けて育ててみえる自分と同じ障害を持った人と出会った時、初めて本当の意味での「受け入れる社会」を知り、驚きと感動、羨ましさでしばらくは言葉がありませんでした。いくら重度の障害者であろうと、本人にやる気と能力さえあれば社会が受け入れてくれ、その上、働きに見合った収入まで得られ、家族まで作ることが出来るのです。
 最近我が国でも、完全参加と平等に始まり、ノーマライゼーション、バリアフリーという言葉が行き交う中、「当事者主体」だとか「当事者の自主性」が取り上げられるようになってきました。これには誰しもが期待するところですが、実際には大きな問題点のあることに驚いています。なぜなら、当事者が進んで何かを企画しやろうとした時、@ 市町村の委託法人格をもっていることと云う「おまけ」=条件の付いてくることです。法人格をもたなくても、例え小さなグループでも、全国には自分達の力で道を切り開いていこうと取り組み、熱い血をたぎらせている障害者が沢山いるのです。本当の意味での自主性をくみ取ってもらえなければ、いつまで経っても障害者は福祉の名の下に保護される環境から出られないのではないでしょうか。
 それと併せて、最近は「地域間格差」という言葉をよく耳にもし、肌でも感じるのですが、それに併せて考える必要のあることに,A「対・高齢者格差」があると思います。障害者問題は、過去何十年と障害者の先輩達が声を上げ、取り組みを展開してきてくれましたが、未だ実現に至ってないことも多々あるように思います。それに比べ高齢者問題は、当事者からこれと云って声があがる気配もないのに、時代の流れなのか数の論理なのかドンドン進んでいくような気がしてなりません。その上、こうした取り組みも本来当事者が主体で取り組まなくてはいけないはずなのに、何故か全国的に身障者の取り組みの主体が65歳を過ぎようとする高齢対象者に握られているのです。これは、単に障害者が頼りないからという問題なのでしょうか。
 最近は、同じような障害者の支援策が同時に複数の省庁から出されることがあります。しかし市町村の中には、依然としてB 縦割り行政の壁なるものが存在し、担当窓口が違うと情報が全く伝わらないばかりか、制度の利用が出来ないことがあります。障害者の自立に関しては、まだまだ制度の支援を必要とするケースが多く、行政のシステムも含めた見直しと連携の取り組みを望まずにはおられません。
 あわせて、現代は車社会といわれるほど車の存在なしには考えられない状況になっていますが、それ故に起こる交通事故と、そこから生まれる障害者問題もとても大きな課題ではないでしょうか。せめて車のメーカーは、より使い勝手のいい障害者の社会参加を支援する車や交通システム位は、社会貢献の一部ととらまえて積極的に取り組むべきであり、加えて、シルバー産業の名の下に最近急増している福祉機器分野に参入する企業に対しても、しっかりとしたコンセプトのもとでの取り組みがなされるよう、C 社会システムを考慮に入れた企業の育成については早急に対応が望まれる必要不可欠な課題であり、出来れば北欧の企業に見られるような、企業側が地域社会をリードし教育するようになればどんなに素晴らしいことかしれません。
 あわせて、今の我が国においては、一つの職種においても、その対象の違いから「医療」と「教育」、「教育」と「福祉」の軋轢が存在したり、そのことが次の時代への飛躍、展開の上で最も必要とされる、D 人材の育成と確保の上に厚い影を落としており、早急な対応が望まれる所です。

3.リハ連携における期待と展望

 4月より、いよいよ介護保険制度が正式にスタートします。きたるべき高齢化社会に向けて、それぞれの地域にあった、より高度で質の良い介護サービスを提供していこうとするもので、そこに寄せられる期待にも大きなものがあります。この事業の成功は誰しもが望むところで、中途半端な取り組みや失敗は許されません。
 そう考えた時、あるいはこの事業においても成功の鍵を握るのは「保健」「医療」「福祉」の「連携」であり、それ以外には考えられないのではないかと思われます。
 障害者の10年を期に、社会の流れも大きく変わろうとする中で、リハの「サービスを利用する側」と「サービスを提供する側」の双方が、常に相手の立場に目を向け理解しようと努力をすれば、この分野に携わる全ての人の心の中に、サービスを提供しようとする対象者が「もしかして自分の身内だったら、自分はいったい何を考え、何をするだろう・・・」と置き換える心のゆとりさえあれば、きっと「連携」のとれた素晴らしい取り組みとなり、うまくいくと確信します。

4.おわりに

 私自身、19年間の障害者としての生活の中で、ある時にはにがにがしい思いにさいなまれたり、喜びをかみしめたりと複雑な思いもあり、出来る限り冷静に整理し、将来に対する期待も込めて取り組んだつもりですが、説明不足や言葉足らずに加え、「課題」の理解がともすると「問題点の指摘」のようになりはしなかっただろうかと思っていますが、今回、こうしてリハビリテーションの連携について考える機会と発言の場を与えて頂きましたことを、心より感謝いたします。

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